天皇賞秋の東京2000mコースを分析

東京競馬場の熱い戦い天皇賞秋

直線が勝負の東京2000mコース

天皇賞と言えば、日本競馬の中でももっともランクの高いGIレースの中でも特に格が高いと言われるレースです。この天皇賞、春と秋の二つがあり、その内容は全く違うものとなっています。
天皇賞春は3200メートルの長距離戦、天皇賞秋は2000メートルの中距離戦と距離も違う上、開催する競馬場も違います。
そして天皇賞秋といえば、中距離戦最高峰のレースにして、秋の古馬3冠と呼ばれるレースの第一弾。3歳馬が出走することもあり、様々な競走馬が出走してきます。
そんな天皇賞秋のレコードタイムは1分56秒1。2011年の第144回のことです。
それまでのレコードタイムであった2008年、女傑ウオッカがマークしたタイムを1秒1も塗り替えたものとなっています。

そのレコードタイムをマークして1着でゴール板を駆け抜けた馬は、トーセンジョーダンという馬です。当時の天皇賞秋でのオッズは単勝で33.3倍。
7番人気と、決して人気を集めた馬というわけではありませんでした。その勝利に至るまでには、数々の挫折があったのです。
トーセンジョーダンは、父ジャングルポケット、母エヴリウィスパー。デビュー前から大注目されていた馬というわけではありませんでしたが、新馬戦で6着の後3連勝。
続く共同通信杯で2着となるも、一躍クラシックの有力候補となりました。しかしその後に裂蹄が見つかり、クラシックを断念することになってしまいます。
それからは好走するもなかなか大きなレースの勝ちには恵まれず、重賞を勝利したのは翌年、2010年のアルゼンチン共和国杯でのことでした。

それからは重賞は勝つもののGIでは連にも絡めず、そんな中迎えたのが天皇賞秋でした。
レースは事前に予想されていた通りシルポートが逃げを打つハイペースの流れとなりました。1番人気のブエナビスタは中団に位置しし、トーセンジョーダンはそれを見据える少し後方に位置していました。
レースが動いたのは直線に入るところです。中団からブエナビスタが他の有力馬とともに進出を開始します。
トーセンジョーダンもこの時に合わせて動き出しました。ここから抜け出したのはダークシャドウとトーセンジョーダンでした。ここから壮絶な叩き合いが始まります。
さらには大外から追い込み馬のペルーサも迫ってきます。最後まで続いたこの叩き合い。
最後の最後で競り勝ったのはトーセンジョーダンでした。トーセンジョーダンはこれが初GI。
この時マークしたレコードタイムは2016年6月現在、いまだ破られていない2000メートルの日本レコードでもあります。