天皇賞秋の悲劇 サイレンススズカの競走中止

東京競馬場の熱い戦い天皇賞秋

サイレンススズカは何故競走出来なかったのか

競馬のG1レースである天皇賞秋で起こった悲劇といえば、まずなんといってもサイレンススズカの競走中止です。サイレンススズカは三歳時にはスピードはあるものの、それをうまく生かすことができず、クラシックではまったく活躍できませんでした。 しかし、脚質を逃げに固定し、武豊が主戦騎手になってから圧倒的なスピードで逃げ切るというレースを展開し、一躍、スターホースになりました。宝塚記念で初めてG1優勝を果たし、天皇賞秋の前哨戦である毎日王冠では、後にヨーロッパに長期遠征し、凱旋門賞で二着となるエルコンドルパサー、そして有馬記念でグランプリホースとなるグラスワンダーを抑えて優勝。このレースは、メンバーのレベルの高さから史上最高のG2と呼ばれています。

迎えた天皇賞秋、大本命になったサイレンススズカは、スタートからいつものように圧倒的なスピードでほかの馬を離していきました。サイレンススズカに競りかけていくとつぶれてしまうことがわかりきっているので、ほかの馬はまったく追わずに後方に控え、大逃げのレースになりました。 あとはどれぐらいの着差をつけてゴールするのか、レースを見ていた人の多くがそう考えていたとき、悲劇が起こりました。東京競馬場名物といえる、大ケヤキのうしろでサイレンススズカに故障が発生したのです。テレビカメラがとらえた姿は、大ケヤキからいつもとまったく違う足取りで力なく出てきた馬の姿でした。

結局、競走を中止し、診断が行われましたが粉砕骨折のため予後不良と判断され、安楽死処分になったのです。サラブレッドの場合、一本でも足を骨折してしまうと、ほかの三本の足で体を支えることが難しくなります。すると、それが原因となって別の病気を発症してしまうため、馬のことを考えて安楽死させることがあるのです。骨折の程度が軽ければ治療して復帰したり、あるいは復帰できなくても種牡馬として活躍できる道がありましたが、それが不可能と判断されるほどの骨折だったのはさらなる悲劇といっていいでしょう。

天皇賞秋は芝で行われるレースでサラブレッドの足には負担がかかり、競争中に骨折する馬も決して少なくありません。ただ、そういった馬はレース間隔が短かったり、調教で調子が悪かったり、なんらかの原因、前兆があることが多いです。しかし、サイレンススズカはそういったものがない状態で故障してしまいました。自らの圧倒的なスピードのために、足が限界に達した、そう考える人は多いです。